憲法改正の論点 ⑤ 憲法前文をどう生かすか [政治・社会]
いま、憲法改正論議が盛んである。憲法改正の賛否の論点を何回かに分けて考えてみよう。
1.憲法前文の解釈
憲法前文を、現実の政治に生かすため、その解釈を試み、表にまとめてみた。
憲法前文の理念 |
憲法前文の文言(要約) |
1 国民主権 |
主権が国民に存することを宣言しこの憲法を確定する。国政は国民の信託によるもので、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者が行使し、その福利は国民が享受。 |
① 議会制民主主義 |
正当に選挙された国会における代表者を通じて行動 |
② 自由と人権 |
全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保 |
③ 法治主義 |
国民主権に反する、一切の、憲法、法令を排除する |
2 恒久平和 |
日本国民は、恒久の平和を念願し、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持 |
① 国際協調主義 |
専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようとする国際社会に、名誉ある地位を占める |
② 積極的平和主義 |
全世界の国民が、恐怖と欠乏から免れ、平和に生存する権利を有することを確認 |
③ 政治道徳順守 |
いづれの国家も、自国に専念して、他国を無視してはならないのであって、この政治道徳の法則は各国の責務 |
④ 戦争をさせない |
政府の行為によって再び戦争の惨禍が起きぬよう決意 |
2.憲法前文を生かす
憲法前文の理念を、どのように現実の政治生かすべきか考え、表にまとめてみた。
憲法前文の理念 |
憲法前文の生かし方 |
1 国民主権 |
2018年3月の当ブログ「憲法が目指す価値1項」参照 |
① 議会制民主主義 |
首相に権力が過度に集中し、忖度が蔓延し、民主主義の劣化が激しい。小選挙区制を中選挙区制に戻すなどの対策要 |
② 自由と人権 |
2018年3月の当ブログ「憲法が目指す価値2項」参照 |
③ 法治主義 |
2018年3月の当ブログ「肝心かなめは立憲主義」参照 |
2 恒久平和 |
2018年3月の当ブログ「憲法が目指す価値3項」参照 |
① 国際協調主義 |
日本は軍国主義や大国主義を捨て、諸外国と友好的協力関係を築き、自慢の平和憲法を、世界に広めるべき。 |
② 積極的平和主義 |
安倍首相は、アメリカのお先棒を担いで、自由と民主主義を守る戦争に参加するのが、積極的平和主義だという。 真の意味は、国際協調主義に基づいて、貧困や差別のない真の平和を作る努力をすることである。 |
③ 政治道徳順守 |
カントは、紛争が国家間で起こった場合、暴力ではなく、法による紛争解決の徹底が平和につながると説き、これを道徳と政治の一致と述べた。日本は、覇権国家を目指してはならない。2016年9月の当ブログ参照 |
④ 戦争をさせない |
戦争に正義も不正義もない。権力の一極集中の排除や、文民統制の徹底が大事。 |
3.まとめ(筆者コメント)
①前文で、政治の果実である福利は、国民が享受すると宣言しているが、権力者とそのお友達が得た便益を、隠蔽するのに汲々としているさまを見ると、中国を笑ってはいられない。
②安倍首相は、北朝鮮問題で「対話より圧力」と言い続けたが、韓国が北朝鮮との対話で、米朝会談をお膳立てした。韓国の対話が、安倍首相の圧力に勝った。日本の外交的孤立が心配。
自民党改憲4項目の論点 ① 自衛隊明記 [平和外交]
自民党は、憲法改正のテーマを、自衛隊明記、緊急事態条項、教育無償化、合区解消の4つに絞り、2020年までに改憲を実現するという。各項目の論点を整理し、是非を考えてみよう。
1.自衛隊明記改正案の内容
自民党の憲法改正推進本部は、9条改正について7つの条文案を掲げた。そのうち、安倍首相が提案した9条1、2項を残し自衛隊を明記する下記が最有力案である。
9条2 我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つため法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。 ②自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。 |
特徴:①9条とは別条の、9条2を立てること。②「必要最小限度の実力組織」の文言を削除。
2.自衛隊明記の賛成論と反対論
賛否の論点 |
自衛隊明記に賛成(狙い) |
自衛隊明記に反対 |
隊員の士気 |
多くの憲法学者が違憲という自衛隊の隊員に頑張れとはいえない。自衛隊明記で、士気向上。 たとえ国民投票で否決されても、自衛隊の合憲性は変わらない |
自衛権は国際的に認められており、自衛隊は合憲で、国民に愛されている。 逆に、自衛隊の役割変更で、入隊者の減少や、徴兵制復活が心配。 力を誇示し、敵を作って支配したい安倍首相のもとでは、反対 |
加憲の効果 |
9条1,2項を残し、自衛隊を明記する加憲は、公明党にも、国民にも受け入れられやすい。 (狙い)安保法制を合法化し、集団的自衛権行使の道が開ける |
9条改憲で、集団的自衛権行使が現実になる。近隣諸国から痛くもない腹を探られ、緊張を高め、戦争の種をまくことになる。明記で任務や権限が変わらないなら、明記の必要はない |
条文の評価 |
自衛隊を明記してもその任務や権限は変わらない。9条の政府解釈は1ミリも動かさない。 文民統制を、十分に条文に盛り込んだ |
当初あった、「必要最小限度の実力組織」の文言は削除された。集団的自衛権が大手を振って行使され、海外でも戦争ができる軍隊になる恐れがある。 条文に文民統制や国会承認の条件を付記しても、いまの安倍政権の国会運営を見ていると、信用はできない。 |
4.まとめ(筆者コメント)
①憲法は権力を縛るだけでなく、その国が大事にする基本的価値を内外に表明し、理想を語るものだ。成行きの現実に合わせて、簡単に理想を捨てるのは情けない。
②自衛隊を明記すると、「戦力保持」の宣言となり、現行9条2項の「戦力不保持」が空文化し、日本は平和憲法の国ではなくなってしまう。
③軍隊の制御に失敗し、戦争で辛酸をなめた日本人は、「戦争はダメ」、「わずかでも戦争に近ずく政策はダメ」という思いが強い。自民党改憲4項目の論点 ② 緊急事態条項 [政治・社会]
自民党は、憲法改正のテーマを、自衛隊明記、緊急事態条項、教育無償化、合区解消の4つに絞り、2020年までに改憲を実現するという。緊急事態条項の論点を整理し、是非を考えてみよう。
1.緊急事態条項の賛否両論
大災害が発生した時、緊急事態にどう対応すべきか。自民党は、議院の任期延長と内閣への権限集中の二つの案件について、憲法改正に取り組もうとしている。
緊急事態条項の改憲について、賛成、反対論をまとめると下表のとおりである。
対象 |
自民党・緊急事態条項の改憲案 |
改憲不要論 |
|
大災害 テロ 内乱 外国からの武力攻撃 |
任期延長 |
緊急時に、衆院又は参院が解散中で、選挙が適正にできないときは、出席議員の三分の二以上の多数で、その任期を延長できる。 |
長期間選挙ができない事態は想定しにくい。非改選の参議院議員は必ず残るので、立法に大きな支障はない。 よって、改憲は必要ない。 |
権限集中 |
国家緊急権の行使のため、内閣の判断で、国会の手続きを経ず、法律と同じ効力を持つ政令を出すことができる。(内閣に権限を集中し、必要なら私権も制限する) |
災害対策基本法(注1)の「災害緊急事態の措置」の項で、政令を出して必要な処置をとると規定しており、改憲は必要ない。 |
注1:災害対策基本法は、伊勢湾台風を契機として1961年に制定された、災害対策関係法律の一般法である。1995年の阪神・淡路大震災の後、その教訓を踏まえて大幅に改正された。
2.自民党・緊急事態条項の憲法改正条文案(3月20日に自民党総務会に提示)
任期延長:64条の2 大地震その他の異常かつ大規模な災害により、衆議院議員の総選挙又(また)は参議院議員の通常選挙の適正な実施が困難であると認めるときは、国会は、法律で定めるところにより、各議院の出席議員の三分の二以上の多数で、その任期の特例を定めることができる。
権限集中:73条の2 大地震その他の異常かつ大規模な災害により、国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるときは、内閣は、法律で定めるところにより、国民の生命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる。
②内閣は、前項の政令を制定したときは、法律で定めるところにより、速やかに国会の承認を求めなければならない。
3.まとめ(筆者コメント)
①安倍政権には、災害対応を名目にした、「憲法改正ありき」の思いが透けて見える。
②内閣への権限集中は、私権制限と表裏一体。安易な改憲は、禍根を残す恐れがある。
③過激なテロが世界を脅かしているが、日本は、海外で実力行使をしない自衛隊を維持すれば、緊急事態を招くことはない。
自民党改憲4項目の論点 ③ 幼児教育の無償化 [政治・社会]
自民党は、憲法改正のテーマを、自衛隊明記、緊急事態条項、教育無償化、合区解消の4つに絞り、2020年までに改憲を実現するという。幼児教育無償化の論点を整理し、是非を考えてみよう。
1.自民党・幼児教育無償化の憲法改正案とその問題点
自民党は19年10月の消費税増税を見越して、その増収分の一部(1.7兆円)を教育無償化の政策に充当する計画である。高等教育無償化については、次回の当ブログで述べる。
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自民党・教育無償化の政策案 |
自民党政策の問題点 |
0-2歳児の保育 |
住民非課税世帯(年収260万円以下)は無償化。 待機児童対策として、2020年度末までに、32万人分の保育の受け皿整備。保育士は月3千円相当の賃上げ |
待機児童が解消されないまま無償化すれば、子どもを預けられない世帯に不公平をもたらす。 保育施設整備、保育要員確保による待機児童解消が先。無償化で、就園率が高くなり、保育の質低下が心配 |
3-5歳児の保育 |
認可保育所、幼稚園、認定こども園は所得を問わす無償化。(注1) 19/4先行、20/4全面実施 |
現状の料金は、生活保護世帯0円、非課税世帯6千円、年収1130万円以上が10万1千円となっており、無償化は、高所得世帯の恩恵が大。 格差拡大が激化 |
(注1)3-5歳児の保育の内、認可外施設は対象を検討する。5歳児は19/4より補助。
2.自民党・教育無償化の憲法改正、条文案
26条 現行:等しく教育を受ける権利
② 現行:義務教育を受けさせる親の義務と、無償化
③ 追加条文案:国は、教育が国民一人一人の人格の完成を目指し、その幸福の追求に欠くことのできないものであり、かつ、国の未来を切り拓(ひら)く上で極めて重要な役割を担うものであることに鑑み、各個人の経済的理由にかかわらず教育を受ける機会を確保することを含め、教育環境の整備に努めなければならない。
89条 公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の監督が及はない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。(2月28日に自民党了承)
3.まとめ(幼児教育無償化について、筆者コメント)
①保育の無償化で、潜在待機児童の増加は必至。無償化を急ぐより、保育施設整備による待機児童解消が先決。
②保育の質は、保育要員の量と質に負うところが大きい。保育要員確保のためには、抜本的な待遇改善が必要。保育士に月3千円相当の賃上げではダメ。
③自民党政権になって、格差が拡大する政策が目立つ。経済の過度のグローバル化を見直すべきだ。